[日本の古典-古代編
五 古代説話の誕生 日本霊異記の世界
日本霊異記 上中下三巻 百六十の説話 成立 八一0〜八一四
撰者 景戒 (きょうかい) 初めは私度僧、後に薬師寺層となる
1. 仏教説話が発生する背景と過程
律令制度 血縁的紐帯を基盤とする社会村落共同体の変質と解体を伴う。
その中で巫覡(ふげき)が村落からの秩序から離脱し、民間宗教者となった。
この中の一部が私度僧となって、説話の流通に活躍した。
仏教は既存の宗教を本地垂迹の論理で取り込み、村落の伝承世界は巫覡とと
もに仏教的な装いに覆われていきこれが仏教説話となった。
2 私度僧の信仰と行基
私度僧達の活動が全国規模となり、その中心に行基がいる。
行基は私度僧ではなく、土木工事などを通じて組織を指導しリーダーと
なっていった。 この活動は律令政府の取り締まり対象となった。
例 死者を祀った儀式が行われていた。
天平期 怨霊への畏怖が強くなった。 疫病や天変地異を祟りと結び
つけて語る私度僧集団があった。
平城京 都市としての不安、疫病の蔓延。
日本霊異記は行基を救世主すなわち「隠身の聖」(菩薩の化身)として
激しい行動性を持つ姿を描いている。
中巻 二十九縁 髪に猪の油を塗っていた女を天眼で見破った話
三十縁 前世で借金を返さなかった怨で泣く子供を捨てた女の話
因果応報の理がいかに強く現れるか、具体的に現在に報いとして現れる。
3. 個人の不安の広がりと仏教
村落と国家のはざまに投げ出された人びとは、そこで露呈する貧困や
身分などの矛盾から個人として不安を感ずるようになる。
仏教はこうした不安を救い取る働きをし、因果応報の理は個人の中に
存在していると仏教説話は説明している
例 前世からの宿縁
業の因縁 中巻四十一、大蛇に再び犯された女
宿業 下巻三十四 悪性の腫物の女が出家して癒えた話
恥の感覚 下巻二十六 半牛身の女 、
下巻三十八 景戒自身も自分の貧困は前世で布施行を怠った
報いであると書いている。
4. 日本霊異記の編集意図と存在価値
編集順序は意図を持って並べられている。
なぜ景教は日本霊異記を書いたか
当時の乱れきった社会に深い危機を持ち、この世界は因果の理が厳しく
貫かれていることを説話の具体例を通して人々に語りかけ、それへの畏怖を
呼び起すことで心を正道に向かわせようとした。
またこうした現実に対応しない当時の仏教界への深い疑念があった。
参考説話 下巻 二十六縁 半牛身に生まれ変わった女の話